源田壮亮の兄弟や両親は?評判/性格や大学時代についても調査!

こんにちは!みゅうです♪

今日は朝からおめでたいニュースが飛び込んできましたー!

元乃木坂46の衛藤美彩さんが埼玉西武ライオンズの源田壮亮選手とが結婚しましたね!

 

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2人の出身地である大分県モチーフのTシャツ姿が本当に幸せそうな2ショットですね~(*^^*)

さて今回は、衛藤美彩さんの旦那様になった源田壮亮選手についてまとめたいと思います!

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源田壮亮選手のプロフィール

引用:https://twitter.com/PLcom_lite/status/1121377727309701125/photo/1

名前:源田 壮亮(げんだ・そうすけ)

 

生年月日:1993年2月16日

 

出身地:大分県大分市

 

学歴:愛知学院大学

 

身長/体重:179cm/75kg

 

所属:埼玉西武ライオンズ 内野手(右投左打)

源田選手は明野西小学校3年生からソフトボールを始め、明野中学校時代に「明野ビッグボーイズ(現:明野ボーイズ)」に入団し、野球を始めました。

大分商業高等学校では3年生春の春季大分大会決勝進出が最高で、甲子園出場はなかったそうです。

3年生夏の第92回全国高等学校野球選手権大分大会準々決勝では3番・遊撃手で出場し1安打を放ちましたが、2対0で日田林工に敗れました。

コーチから「強い大学リーグで戦った方がいい」とアドバイスを受け、愛知学院大学に進学したそうです。

愛知学院大学では1年秋から遊撃手のレギュラーに定着し、32打数10安打、打率.313の結果を残し、愛知大学1部リーグ優勝と明治神宮野球大会の準優勝を経験しました。

MEMO
遊撃手(ショート)・・・最も高い守備力が必要とされるポジションのため内野守備の花形であり、捕手・二塁手・中堅手と共に守備の軸となるセンターラインを形成する。深い位置からの送球が多いため、内野手の中で最も強肩が求められる。引用:https://dic.nicovideo.jp/

源田選手は4年時には主将になり、リーグ優勝に貢献。秋はベスト4に終わりましたが、敢闘賞とベストナインを受賞しました。

2016年のNPBドラフト会議では埼玉西武ライオンズから3巡目で指名され、入団。西武時代は遊撃手として、公式戦全143試合へのフルイニング出場を果たしました。

NPBにおける新人野手の公式戦全試合出場は、1961年の徳武定之以来史上4人目で、遊撃手としては史上初だったそうです。

通算安打数は155安打を記録。新人扱いでNPBの球団と契約した日本人選手としては、1956年の佐々木信也(180安打)に次ぐ歴代2位だそうです。盗塁数はリーグ2位の37個。

また源田選手は、東京ドームで催された第1回アジア プロ野球チャンピオンシップ(2017年)で日本代表に抜擢され、日本代表の正遊撃手として、代表チームの優勝に貢献しました。

その後パ・リーグの新人王に選ばれ、2018年、2年連続でオールスターゲームに選出され、第2戦では先制タイムリー二塁打を記録し、MVPを受賞

9月29日の福岡ソフトバンクホークス戦で遊撃手のシーズン補殺記録を510に更新、閉幕時には526まで延ばしました。

全143試合に出場し、打率.278、4本塁打、57打点、34盗塁を記録。新人から2年連続でフルイニング出場したのは史上初だったそうです。オフにはゴールデングラブ賞も受賞しました。

2019年も開幕から遊撃手として出場していましたが、4月13日のオリックス・バファローズ戦で山崎福也から右手首に死球を受け負傷(右手関節挫傷) 。翌日スタメンから外れ、プロ1年目の開幕戦から続いていた連続フルイニング出場が299試合で止まってしまいました。

そのため、公認野球規則の条件を満たせず、同じくプロ1年目の開幕戦から続けてきた連続試合出場も同様に299試合で止まってしまいました。

源田選手はフルイニング出場するだけでなく、成績でもチームに貢献し、チームのリーグ優勝にも大きく貢献しただけに連続記録のストップは悔しかったでしょうね。

源田壮亮選手の兄弟や両親は?

さて、源田選手の兄弟や両親についてです。

小、中学校と体は小さい方だった源田選手だそうですが、運動会の徒競走では常に最速の最終組マラソン大会でも学年トップクラス。小学校時代には他チームの“補強選手”でソフトボールの全国大会に出場したことも。

6年時には自チームでキャプテンを務め、エースピッチャーでもあったそうです。しかし、なかなかチームが勝てずにしょげることも多かったといいます。

そんな時は母の靖子さんが、『あんたがメソメソしてどうするの!』とベンチ裏でどやしつけ『絶対勝ちにいけよ!』と気合を入れていたそうです。(笑)

以外にも「本当はサッカーが好きだった」源田選手。

小学校のときにソフトボールを始めたのは父の光明さんの影響だったそうです。

ちなみにお父さんも中学まで野球をしていたそうです。

そして源田選手の育った家庭は、リラックスしていられる場所だったといいます。

つまらないことで喧嘩をしてもすぐ仲直りをし、言いたいことが言える、仲の良い家族の中で伸びやかに過ごしてきたそうです。

今でも毎日、お母さんからLINEが来るのだとか。

源田選手の理想の夫婦は両親だそうで、そんなことから両親の仲の良さがうかがえますね(*^^*)

ちなみに兄弟は2歳年上のお兄さんがおり、同じく野球をしていたようです。

現在は会社員をされているようですよ☆

MEMO
源田選手が生まれ育った大分市明野地区はソフトボールが盛んな地なんだそうです。
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源田壮亮選手の大学時代

源田選手には大分商業高校のころにもプロから声がかかっていたそうです。

高校時代、コーチから「強い大学リーグで戦った方がいい」とアドバイスを受けた源田選手。

どこの大学に行くかを考えたときに、東京の大学は厳しく、なんとなく九州を出た方がいいのかなと考え、愛知学院なら全国大会にたくさん出ていて、注目されやすいと思ったそうです。

「東海地方なら社会人野球のチームも多い」ということも愛知学院を選ぶ理由になったそうです。

そしていざ愛知学院のチームに入ると、甲子園に出場してる強豪校の選手もたくさんいて、色んな話を聞くことができ、野球に対する視野が広がったそうです。

源田選手にとって大学の4年間は貴重な体験になったようですね。

キツい練習を乗り越え、自分の弱い部分にも向き合い、分析・練習を続けました。

4年生の春のリーグ戦では続けてきた練習の成果が出て、3割を超える高打率を残しました。

その後、大学の日本代表選考合宿に参加し、この合宿を経験したことで、

「プロ野球選手になりたい」という気持ちが、さらに強くなったそうです。

源田壮亮選手の評判や性格は?

Twitter上で「#源田たまらん」というハッシュタグが、源田選手のプレーを称える意味で使われていますが、それをもとにSNS上での評判を見てみました☆

ファンからは祝福の声と、これからの活躍に期待を寄せる声がたくさんあります(^^)

 

ライオンズにはキャプテンの秋山翔吾選手がいますが、ともにチームを引っ張る源田選手。

マウンドでは若い選手がリラックスできるような声かけをしたり、 と細やかな気遣いができるところも素敵です。

源田選手は料理もするそうですが甘いものには目がなく、特にフレンチトーストが好きなんだとか。(かわいい、、)

美味しいフレンチトーストを自宅で食べるため日々研究しているそうです。(笑)

一方で虫が嫌い、という一面も。

試合中でも家でも虫が出たら戦うそうです。(笑)

終わりに

いかがでしたか?

今回は、源田壮亮選手についてまとめました!

源田選手は、

「まだまだ未熟な二人ではございますが、お互いに支え合い、二人のペースで温かい家庭を築いていきます。また本業の野球では、これまで以上に責任感を持ち、妻の為、そして何よりチームの勝利の為に日々励んでいきます」

と決意を新たにしているそうです。

「第2回WBSCプレミア12」の侍ジャパン日本代表にも選ばれている源田選手。

最愛の人がそばにいる、そしてサポートしてくれる、という安心の中でこれからますます活躍していくのではないでしょうか。

奥さんである衛藤美彩さんも、家庭との両立を考えながらお仕事の方も続けていくそうで、これからのお二人の活躍に注目ですね!

それではここまでお読みいただきありがとうございました~(*^^*)

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